小竹由美子さんと、『わかっていただけますかねえ』について語る。

小竹由美子さんと、『わかっていただけますかねえ』について語る。

『わかっていただけますかねえ』が、わかっていただけるまでの話

小泉:小竹さんには、ゼイディー・スミスや、アリス・マンローの他に、ネイサン・イングランダーやジョン・アーヴィング、最近だとアレグザンダー・マクラウドとかですね、いろいろお聞きしたい訳書がいっぱいありすぎて困るんですけど、今回はあえてジム・シェパードがいい気がしました。出たばかりっていうのもありますが、他の作家に比べてわけがわからない度が高い。

小竹:わかんない。ええ。

小泉:『わかっていただけますかねえ』ってタイトルなんですけど、わからない(笑)。でも、いいタイトルですね。

小竹:えーと、舞台裏をお話ししますと、最初編集者氏からは、「わかっていただけますかねえ」ではよく「わからない」ので、やはり各タイトルから採用するのがよいと提案がありまして、その候補というのが「ゼロメートル・ダイビングチーム」「エロス7」だったんです。

小泉:なんとなく、それっぽいタイトルですね。

小竹:でも、わたしは「わかっていただけますかねえ」の「わからなさ」がいいような気がしたんですね。タイトルとしないのであれば、たとえば「原題(=Like You’d Understand, Anyway)」として扉に残すとかどうか、と。収録作品のタイトルではないので、作品のなかからタイトルを選ぶとすると、せっかく作者がつけたであろうタイトル「Like You’d Understand, Anyway」が消えてしまうのが惜しかった。各タイトルから選ぶとするならば、内容のインパク トからいっても「ゼロメートル・ダイビングチーム」がいいのではという話だったのですが、それだって、あまり「わかる」タイトルとは言えないですよね。

小泉:「エロス7」も全然わかんないですよね。

小竹:で、結局会議でもこれでいいんじゃないかという意見が多く、そのままになったという経緯でした。

小泉:こういった翻訳書で訳者がタイトルを決められるということはあまりないと聞いたことがあります。だいたい編集者が決めてしまうものだと。でも、これは小竹さん案が通った形ですね。

小竹:ええ。ネットで感想を拾っていると、このタイトルとテレシコワの顔との組み合わせの「わからなさ」に惹かれて買っちゃったという人がけっこういるので、やっぱよかったと思ってます。

小泉:表紙は「エロス7」のテレシコワですね。この装幀も素敵です。

小竹:装幀もいいでしょ。白水社は趣味がいいなーって思って(笑)。

小泉:私、これ人間ドックにもっていったんですよ。人間ドックって、最初に呼ばれるまでちょっと待つ時間があるんですけど、その時に何気なく手にした雑誌を呼ばれたときにラックに戻そうとすると、「あ、いいですよ、そのままお持ちください」って言われるんですね。去年、それで私ずっと雑誌のVERYを持ち歩きながら人間ドックツアーをするはめになったんですね。別にVERYが嫌だというわけではないけど、持ち歩くほどは好きじゃないぞ、と(笑)。それで今年はこの本をもってゆきました。視力、心電図、身体測定、採血、婦人科検診といろいろあるんですけど、そのたびにこの表紙を表にしてドン、と置いて。みんな一度は「ん?!」って見るんです。あの装幀はインパクトが強くて、しかも『わかっていただけますかねえ』って書いてある(笑)

小竹:この表紙にこのタイトルはかなり惹きつけるかなって(笑)。いい宣伝をありがとうございます。Twitterでも、この装幀とタイトルにそそられたっていう人もいました。

ジム・シェパードはジム・シェパード好きしか読まない

小泉:ジム・シェパードについては、あとがきでも詳しくご紹介されていますね。あれもすごく参考になりました。

小竹:ええ。マンローなんかもけっこう自分自身がちりばめられているんですが、ジム・シェパードもそういうところがあるんですよね。ジム・シェパードって日本で紹介されていないですし、それでああいうあとがきにしてみたんですよ。これを元に、読んだ人がどんなふうにいろいろちりばめられているんだろうか、とか考えてくれるといいかなって。

小泉:無粋な話ですが、滑り出しはいかがですか。増刷とかは……

小竹:まだ、全然。なんか、どんどん初版部数が減っております…。そのうち、100部とかになるんじゃないかと(笑)

小泉:そうするともう出版社なんていらないのでは、みたいな……

小竹:いや、やっぱり、編集者の存在っていうのは絶対必要だし、1冊の本をここまで作り上げる作業っていうのは、やっぱり、おいそれとはねえ。

小泉:でも100部とかになったらさすがに悲しいですよね。豊崎由美さんがガイブン読者は日本に3000人はいるっておっしゃってましたけど。

小竹:だから、ちょっと前まではそのレベルだったのが、それからまたなんか減っちゃってるみたいな感じが。

小泉:それはきっと、悪の枢軸、ネットフリックスやHuluなどの登場によってですね、海外ドラマや映画の消化にどんどん時間を削られていくようなところがあってですね…っていうのは私の話ですけど、私の周りの筋金入りの本読みたちも、けっこう話を聞いていると本を読まなくなってきていて……あくまで私の狭い観測範囲の中ですが、ヤバいですよ。

小竹:ジム・シェパードがね、何かのインタビューで、「だいたい俺の書いたもんなんか売れない」とかってぶつくさ言っていて。どうせ売れないんだからって愚痴を言ってるのね、そんなこと言わないでよねって思うんだけど(笑)。「スティーブン・キングとかああいうのは売れるけど、純文学なんて誰が読むんだ?」とか。「あのクッツェーでさえ、俺が教えている町に、ノーベル賞とる前だったけど、あのクッツェーだって集まったのは20人くらいのもんなんだ」とか、ぶつくさぶつくさ言っているインタビューがおもしろかったというかなんというか。

小泉:読む人がどんどん減っていっているんでしょうかね。

小竹:話題になれば純文学系のものでも、ワーッと人が集まるけど、それだけでしょう。 Goodreadsって、Amazonの読者評よりはちょっとレベルが高めくらいの感じの読書系のサイトがあるんですよ。だけどどっちかっていうと、エンタメ系なんかのが多くて。でも一応ね、どの程度読者に読まれているのかなというのを知る一端としてよく見ているんですけど、ジム・シェパードなんかは、ついている評価は高評価なんだけど……っていうのも、結局、ジム・シェパードなんてジム・シェパード好きしか読まないみたいなところがあって(笑)、だからちょっと売れている本なんて、たちまち何千とかレビューがつくんですよ。今回訳したこの本だって、賞なんかもとっているし、ナショナルブックアワードの候補にもなったりで、けっこう認知はされているらしいんですけど、それでも1500には届かない。アメリカでそれっていうとすごく少ないレベルですよ。じゃあ、リディア・デイヴィスなんかはどうかなって見たら、やっぱりリディア・デイヴィスも同じくらいで。結局ああいう作家は固定のファンはいるかもしれないけどそれだけだし、特にジム・シェパードっていうのは作家の間では読まれているんですけど、作家の間で読まれていてもねえ……。

一人称なりきりおじさん

小泉:それでは、そろそろ作品について語っていきましょうか。いろいろな史実に基づいて、渦中の人の一人称で語られる短編集ですね。これね、ググっちゃうんですよね。史実として、本当にあったことなの?それとも創作なの?って。

小竹:けっこうしっかり事実をベースにして、そこから自分でフィクションを立ち上げていて、その立ち上げ方がジム・シェパードの場合はおもしろくて。なんて言うんだろう、強引に自分のほうに近づけていないでしょう。たいがいね、いわゆる歴史小説っていうのは書く人の主観でもって歴史を斬っちゃうみたいなところがあるけど、この人って、なんだろう、これ?……みたいな感じ(笑)。

小泉:あと、歴史ものってだいたい長いじゃないですか。これ、すごく短いんですよね(笑)。あ、え、それで終わりですか?みたいな。

小竹:そう、他の作家が評した書評を読んだら、「僕とか誰それさんとかだったらこれで400ページは書ける。なんでこれだけのページ数でまとめてしまうんだ」って(笑)。しかも、書き方がね、上から目線とか、分析的な目線とか、そういうのが一切なくて、

小泉:当事者意識!

小竹:だから読んでいてすごくリアル。ジム・シェパードがなりきっている人の目に映ったものしか書いていなくて、そのあたりがすごくおもしろい。読者に伝えたいとかそういうことは一切ない。ただ、自分はこういうことを書きたかったから書いたんだ、悪いか?みたいなところが、すごいなと思って。その突っ込み方がね。1冊にまとめるにしても、なんの脈絡もないような感じで並べていて、でもって、間にリアルな現代ものの、それはなんか自分自身の人生を反映したようなものをぺっぺっぺっと挟んでいるんですよ。あの挟み方もなんだかよくわからなくて。

小泉:そうですよね。あ、現代のテーマ、そしてもしかしたら自叙伝的な流れに戻ったかなと思うとまた古代の人とかに憑依しちゃって。ひとつひとつの話は全部違うし、ジム・シェパードの価値観の押し付けもないんだけど、全体としては、なにかつらなりのようなものが……

小竹:なんか全体に立ち上がってくるものがあるでしょう。これはあとがきでも書いたんだけど、お父さんがすごい心配性の人なんですって。で、お兄さんが精神的にもいろいろ問題があったし、ジム・シェパードもいい子の優等生タイプではなかったみたいで、お父さんが息子たちのことをいつも心配していたみたいです。小説に暴力的な父親とか出てくるので、お父さんはそういうタイプだったのかなと思ったら、全然そうではなかったみたい。ただ、ジム・シェパードが「人間、特に男というのは、こっちへ行ったらまともな道、こっちへ行ったら変なことになるっていうAとBという2つの道があったら絶対に変な道をたどる習性がある」みたいなことを言っているんですけど、それはあなただけじゃないんですかっていう(笑)。みんながそんなことはないと言いたくなっちゃうくらい、彼はきっぱりとそう言い切っていて、特にジム・シェパードは子どものころから、「自分にはこんなことができる」っていうことを世間に見せたいがために自分の足をピストルで撃っちゃうみたいな人がいるじゃないですか。そういうようなところが自分にはあると言っている。で、人間のそういう衝動にすごく魅かれると。あれはカトリックの背景から来ているのかなと思うんですけど、周囲のどうしようもない力に押し流されて結局、ついつい、道からそれてしまうっていうのかな。そういうときの、自分の持っているモラルとの葛藤とか、そういうことで苦しんでいる人間の姿っていうのに興味を覚えるっていうことを書いていて。確かに全体がそういう感じなんですよね。幸せに平穏無事に暮らしている人の話は小説にはならないからっていうのもあるかもしれないけど、たぶん、歴史もののノンフィクションなんかを読んでいて、困った状況にズブズブとのめりこんじゃう人を見ると、きっと、興味を感じて……

小泉:憑依してしまう。なりきってしまう。日本では、この『わかっていただけますかねえ』が出る前に『14歳のX計画』が出ましたよね。あれだけポンと読むと、全然わからなくて。ジャーナリスティックな問題提起なのか、ノンフィクション風のフィクションなのか、実話ベースで、若い子が主人公の一人称で、暗めのヤングアダルトなのかな?

小竹:あれは一応ヤングアダルトね。

小泉:あれ以降、この本が出るまで、ジム・シェパードについては何も情報がないままできたんですけど、これ読んだときに、やっとわかったというか。

小竹:つながるでしょう?

小泉:まったく同じですよね。

小竹:書く姿勢が全然ブレてないですよね。『14歳のX計画』でも、スクールシューティングっていうのは、ヤングアダルトでも大人向けの一般書でも割とテーマとしてはいろいろなものが書かれているけれども、あそこまで、14歳の男の子の気持ちでリアルに描かれているっていうのは、あんまりないような気がして。読んでいてなるほどな、と。ごく普通の家庭に育ったごく普通の男の子がズズズズ…っとそっちの方向になんとなく滑って行ってしまうっていうのが説得力を持って描かれているじゃないですか。

小泉:一番の得意というか、「初心者のための礼儀作法」とか、ああいうのを書かせたらうまいですよね。

小竹:あの人の右に出るものはいないですね。

小泉:でもなんか、すぐ、あのローマ帝国のやつとかですね(笑)。なんなんでしょうかね。「ハドリアヌス帝の長城」とか。3番目でこれが出てくるとびっくりしますよね。ただ、語り口がおもしろくて、なんなの?と思いながらも引き込まれてしまう。

小竹:そうね(笑)。淡々としてて、愛想も素っ気もないんだけど、そこからじわっと出てくるユーモアっていうのがあって、けっこうユーモラスな人ではあるのかなと。

小泉:ユーモラスですよね。文章も「目の合った相手に誰にでも頷いてみせた。誰も頷き返さなかった」とか。謹直なユーモアというか。女性の一人称もよかったですよね。

小竹:「エロス7」ね。

小泉:これも調べてしまって。これ、本当にエロス7って名前だったんですか?

小竹:違う違う(笑)。それは結局、皮肉って、でもそれは本当は英語じゃなくてロシア語で言っているんだろうから、そこまでやるとしたら、エロスに相当するロシア語を探さなきゃいけなかったのかもしれないけど、私はそこまではやる必要はないと思って。たぶん、エロスなんて言葉くらいはロシア語にも入っていると思うし。実際にはボストーク何号、とかそういうなんかだったのが。

小泉:すごいナイーブな、女性の心の襞を、「感情というのは手に負えない。感情に向かって何か言うと、向こうは別のことを言ってくる」とか、なんでこんな女心の機微を、このおっさんは!

小竹:テレシコワの人物造形ってすごいですよね。優等生の悲哀というか。

小泉:テレシコワが宇宙で唐突にこう、おかしくなってしまいますね。

小竹:それは実際、宇宙で様子がおかしかったらしいんですよね。で、それがあって、その後、もう、だから女性飛行士が続かなくなったんですって。女性は宇宙向きでないっていうんで。

小泉:あー、そういう史実があって。

小竹:そう。一種の宇宙酔いみたいな感じだったらしんだけど、その時はまだ詳しくわかってなかったんで、結局女に宇宙は無理だみたいなことになってしまったらしいですけどね。でも、なんか、その、表面はいい党員みたいなのを演じている自分をすごく嫌だなって思っているところが滲み出てたりしていて、エロス7はけっこう好きですね。

小泉:連絡取れなくなるあたりは、答えないことにしたというのもテレシコワらしい。

小竹:もう、いいや、みたいな。

小泉:その時にテレシコワが、どう思ったこう思ったとかはぐちゃぐちゃ書かないんですよね。

小竹:書かない書かない。

小泉:そこにかぶさる、「カモメ、聞こえてるのか?」が切ない。

小竹:実際、そういう状態ではあったみたい。あの、当時は、それこそ鉄のカーテンで何も外には漏れなかったけど、そのうちに自由化されてわかってきて、けっこうそういうことがあったらしいです。

小泉:でもこれって、どうとでも描けるというか、もっと宇宙酔いした女性が動揺して、みたいな、もっと愚かしくもそれこそ官能的に倒しても描けたと思うんですけど、まあ、この人、愚かしさを描きたいと言っているけれども、このテレシコワについてはなんていうか…、

小竹:そうそう、そう。一種のふてぶてしさというか、腹をくくっているというか。

小泉:いわゆる男性の描きがちな典型的な女性のヒステリックさとか、弱さを描かない。このテレシコワは素晴らしいなって。

小竹:自分のことも客観的に見ているし、周りのこともシラッと見ているようなところがあって、そこから悲哀がにじみ出てきているのが、私はけっこう好きですね。

小泉:史実を踏まえながら、なりきって書かれた、ソ連初の女性宇宙飛行士の一人称……。まさに、わかっていただけますかねえ、ですね。

未訳の秀作「大アマゾンの半魚人」

小泉:私が一番好きなのが「先祖から受け継いだもの」です。あとがきによれば、これもとっかかりはすごく些細なんですよね。「登山家の回想録でスカンジナビア人種の起源を捜査する傍らイエティを探す文化人類学者にチベットで遭遇した」っていうきっかけで書かれたと。

小竹:そこからバーッて、あそこまで膨らむっていうのがすごいですよね。

小泉:え、一人称そこに置くんだ、みたいな驚きもありました。

小竹:でもツッコミどころは、けっこうあって。綿密に調べ込んでリアリティは書きあげているんだけど、たとえば「オーストラリア中西部探検隊」。あれなんかでも一人称での日記を元にしてずっと一人称の語りをやっていっている。でも、最後はあの人は死んじゃうのに、最後の死ぬ間際までの語りはこれは何が書いてるの?みたいな、そういうツッコミどころはいっぱいあるんだけど、それがまったく気にならないというか。

小泉:そうですね、わからないけど、まあ、いいかっていう気持ちになりますね。「わかっていただけますかねえ(わかっていただけないでしょうねえ)」が、全体にまぶされているような気がするので、多少のわからなさは気になりませんね。

小竹:「大アマゾンの半魚人」っていう、これはまだ日本語では出ていない短編があるんです。これは、半魚人の一人称なの。半魚人は何千年から何億年って単位で、ラグーンの中で生きてきて、なんか最初はこんな生物がいたのに、ふと気づいたら仲間がみんないなくなっていて、自分ひとりになっていて、そのうち人間がやってくるわけですよ。原住民が出てきて、それから英語をしゃべる人間たちが出てきて、最初に取り残されたキャンプしてた男たちに対しては、なんとなく競合の気持ちになってね、体をまっぷたつに引き裂いちゃうの(笑)。で、体をまっぷたつに引き裂いたら、胸の中にウジが湧いてなんたらかんたらと書いているんですけど、なぜかやってきた人間たちがしゃべっている英語はわかっているわけね。なんでわかるのって思うんだけど。半魚人の語りにすごく説得力があって。そのうちケイトっていう人間の女に魅かれちゃってね、自分はなんか知らないけど女に魅かれてしまう、蜂が蜜に寄るみたいに…みたいな感じで、最後は死んでしまうんですけどね。

小泉:半魚人だったり、ソビエトだったり、ローマだったり、国も時代も自由自在ですよね。

小竹:半魚人は実際に『大アマゾンの半魚人』っていう映画があるんですよね。私は映画は観たことがないんですけど、まあ、よくあるホラーだろうと。探検隊が行ったら変な音がして、何か棲んでるじゃないだろうかって思ってたら、ラグーンから半魚人が出てきて、誰かが襲われて…とかいうよくある映画じゃないかと思うんです。でも、そういう時に出てくるバケモノっていうのは、単にバケモノとして出てくるわけじゃないですか。誰もバケモノが何を考えていきているかとか考えないじゃないですか。

小泉:バケモノサイドの視点。

小竹:そういう反転のさせ方とかね。これも未訳なんですが、ジル・ド・レについても書いているんです。ジル・ド・レも最初はジル・ド・レになりきろうかと思ったらどうしてもそれができなくて、ジル・ド・レの召使、結局、幼児虐待の手助けをさせられた人の語りで書いています。ジル・ド・レがどうしてあんなことをしたのか、一方ですごく信仰もあつくて、ジャンヌ・ダルクを助けたりしながら、なんであんなことをしたのか、全然わからない。そういうわけのわからないことを書くんですよね。

小泉:一人称のよさが詰まっている。信頼できない語り手っぽく持っていくのでもなく、この人の一人称の機能の仕方っていうのがすごく……

小竹:独特ですよね。

小泉:古代ローマの書記官の一人称とか、なにも想像できないよ、みたいな。でも細かいところまで、すごくそれっぽいんですよね。

小竹:だから細かいところはすごく文献を読み込んで詰めているんだと思うんですよね。

小泉:古代ローマが好きなのかな。世界史好きなのかな。

小竹:世界史、好きだと思いますね。

売り込み採用率の高い小竹さん

小泉:これ、訳してて大変じゃなかったですか。

小竹:大変でしたよ(笑)。なんか調べものがすごく多くて。この本の担当の編集者が白水社の藤波さんってとても面白い本をいろいろ出しているかたで、今はけっこう上のほうにいらしてるらしいんですが、そのかたが見てくださったあとに、金子さんという若い女性編集者のかたがもう一回見直してくれたんです。私もついつい原文が英語だったもので英語にもっていかれちゃうんですね。そこを、「いや、これ小竹さん、これ古代ギリシャだからカタカナじゃまずいでしょ」とかっていうのがちょこちょこあって、すごく助かりました。これたぶん、ジム・シェパード自身はあんまりそういうのは考えないで、みんな英語で喋ってる感じで書いているんだけど、世界は古代ローマだったり、ドイツ人だったりとか、なんていうか、ベースはきっちりしているわりに、あんまり束縛されずにそういうことは書いている感じはありますよね。

小泉:すごく調べてるんだろうと思うんだけど、切り取り方がすごいですよね。サクッと。

小竹:自分の好きなところだけちょこっとつまんで、みたいな。だから本当に他に類を見ないというか、短編って「この人と似てるな」とかって思うような、なんとなく似た人がいるじゃないですか。でもこの人に似た人は私は知らない。

小泉:私、この前に読んでいた短編集がアレグザンダー・マクラウドの『煉瓦を運ぶ』なんですよ。あの人もバッドエンドな感じだけど、全然違うなと。

小竹:全然違う。

小泉:ジム・シェパードの場合、悲劇っていうのは大前提で、それを解剖していこう、みたいなところがありますね。あと、ひとつ思ったのは、これ、小竹さんが売り込んだやつなんですよね?小竹さんは売り込み上手?

小竹:そんなこともないんですけど、売り込みってなかなか通らないものらしいんですけど、たしかに、その割に、マンローも、もともと私の売り込みでして、なんか幸せだな、と思います。ネイサン・イングランダーもあれも売り込みだったし、そういう点では恵まれている。

小泉:ジム・シェパードも売り込み成功、と。

小竹:いや、それが最初に出たほうの『14歳のX計画』は、もともとは今回担当してくださった藤波さんからリーディングの依頼が来たんです。最初、他の人に振ったらしいんですね、リーディングを。その人には、これはちょっと合わないからって言われたらしいんですよ。だけど藤波さんはもうすでにご自分で結構読んじゃっていて、藤波さんってご存じですか?私が翻訳者になりたいってもがいていたころに、白水社から出ているキャシー・アッカーとかをやっていたのが藤波さんだったんですよ。で、なんか、「うわーこれはすごいな」と思うようなものは、たいてい藤波さんが手掛けているっていうのをね、あとがきで謝辞とかなんとか述べられるので、お名前を覚えて。ああ、だから山形浩生さんとかご存じだとおもいますよ。キャシー・アッカーも確か最初は山形さんが翻訳なさってて、当時からとんがったものをやっていた人なんです。そんな藤波さんが自分で読んでやりたかったらしいのね。で、誰が断ったのかは知らないんだけど、「小竹さん読んでみてくれないか?」って言われて、私は読んで、すごくいいなと思って「けっこういいと思いますけど」って言ったら、「じゃあ訳してくれませんか」って話になった。それからジム・シェパードっていうのは気になっていて、短編集が出たら買ったりしていたんですけど、これはなんとなく読んでなかったんですよ。たまたまネットで発見して。

小泉:私は『14歳のX計画』って小竹さんが訳しているから買ったんですね。逆にあれだけ読んでも、そのすごさがわからなくて、今回の短編集でやっとわかったという感じです。

小竹:そうですね。それは言えているかもしれない。私、このあとに『アーロンの物語』っていうのを読んだんですよね。これも未訳です。『the book of arron』っていうんですけど、聖書のルカ書とかそういうのが全部、英語で言うと、the book of~なんですよ。だからたぶん、聖書のそういうような感じで『アーロン書』みたいな感じで、タイトルを付けたんじゃないかなと思うんですけど、それもこの人お得意の一人称で、ページ数は、あれ200ページ足らずくらいだったかな。ワルシャワ・ゲットーの男の子の話で、ドクター・コルチャックが出てきて、最後はドクター・コルチャックと一緒に収容所に送られるっていう話なんです。あれもワルシャワ・ゲットーの当時の様子っていうのがすごくリアルで。最初、地方暮らしのユダヤ人家庭の男の子が、ワルシャワ・ゲットーに入って、父親と兄はすぐに徴用で働きに出されちゃって、生活も成り立たなくなっちゃって、っていう周囲はそういう状況なんですけど、日本の闇市なんかと一緒で……

小泉:ある種の活気がある。

小竹:ええ。アーロンはたしか、13とか14とかなんですね、そのくらいの子供にとっては、ものすごく自由な天地でもあるわけですよ。で、そのほかにも、ちょっとワルな、少し年上の男の子と、けっこういい家庭の女の子で、それまではそこら辺の子供なんかと付き合っちゃいけませんなんて言われていたようなお嬢様タイプの子とか、けっこうシャカシャカした女の子とか、みんなユダヤ人なんですけど、4人グループになって、盗みはするわ、抜け出すわで。最初のほうはルールも緩くて、ドイツ人の警備兵なんかも特に女の子なんかがニコっと笑えば通してくれたりしちゃうんですよ。で、外に行って、モノを売って、帰ってきて、おかあさんにお金をもってきたり…っていうようなことをやりだして、まあ、母親も見て見ぬふりみたいな感じでね。いっとき、男の子の成長物語でよくあるような、もう本当に子どもたちが自分の力で自由に大人の中で生き抜いていくみたいな、よくあるあのタイプの話にいっとき、なるんですよね。でもその中で結局、ユダヤ人のレジスタンス組織、ほら、ワルシャワ蜂起とかあったじゃないですか。そういう風な状況になってきたときに、アーロンが昔の知り合いかなんかの関係で、スパイみたいな役割を、自分は嫌なんだけど、まあジム・シェパードお得意ですよね、させられてしまうんですよね。仲間を裏切るわけじゃないんだけど、ちょっと情報なんかを出したりなんてことをやりだして、あとはバタバタとドイツの締め付けが厳しくなっていき、結局、仲良くしていた女の子も家族の目の前で殺されて。裏切り者だっていうんで袋叩きに遭うし、自分もこのまま死んでしまったほうがいいんじゃないかと溝の中で瀕死の状態でいるときにコルチャック先生に救われて、連れていかれて、きれいに体も洗ってもらって、コルチャック先生の孤児院で暮らしだして、もう本当にこういう世界もあったのか、といろいろと教わって。でもそこでコルチャック先生も孤児たちと一緒に収容所に送られることになるんです。最後のところでアーロンが「僕なんてだめな人間だから」って言ったら、コルチャック先生が「子供の権利大憲章」っていうんでしたっけ、「子どもには誤りを犯す権利があります」って、それを彼に聞かせるんですね。だからいいんだよ、人間っていうのは間違えるんだからって。で、ジム・シェパードらしく、一人称語りはそれで終わっちゃって、最後にチラッとね、そのまま収容所に送られて死んだっていう話もあるんだけど、実は林の中に入っていって生き延びたっていう伝説も残っているみたいなのがチラチラっと書いて終わりになるんで、あれもすごくいい話で、ふつうのユダヤ人はこんなにつらい目にあいました、っていうのとは、なんかちょっと違っていて、いま、白水社さんに企画は出しているんだけど、返事がないからだめだったかしら(笑)。

小泉:なんかもうすっかり読んだ気分になりました。

小竹:だからね、さっき話したアマゾンの半魚人なんかが出てくる短編集とか、もう1冊出ているのなんかも、どれもこういう感じで、おもしろいんで、もし、だから、2000人でいいから、コアなファンがついてくれれば、日本でも徐々に読まれていくのではないかと。

小泉:未訳の作品には日本を舞台にしたものもあるとか?

小竹:ジム・シェパードって、子どもの頃はお母さんがお仕事をしていたのでベビーシッターに育てられたんだけど、そのベビーシッターがB級ホラー映画が好きでバンバン観てたみたいで、そういうのが染みついちゃって、割と好きみたいなんですよね。で、今は大学で映画も教えているみたいなんですけど、古いエンタメみたいなのも扱ったりしているみたいで、円谷英二さんのことを書いたりしてるんですよ。

小泉:え!それは円谷さんの一人称なんですか?

小竹:あれは三人称だったかな。関東大震災とか、空襲の経験とかがゴジラになったっていう、割と知られているエピソードと、あと奥さんとあまりうまくいってなかったみたいなんで、家庭での不和とか、割とうまく、あの人らしく淡々と語りながら作り上げられていましたね。おもしろかったです。ゴジラの話も面白いし。

おもしろそうなことを考えていそうな顔をしている

小泉:兄弟ものも多いし、男同士の絆っていうか。

小竹:男同士の絆っていうか、むずかしさっていうか、そういうのが好きな人にはけっこう。

小泉:出てくる女性も素敵ですよね。男性作家の描く女性って、ほら、なんか納得いかないところがあるじゃないですか。

小竹:彼はいいですよね。

小泉:テレシコワもいいですし、あの死刑執行人の奥さんも。

小竹:あの奥さんいいですよね。ジム・シェパードはお母さんの影響があると思うから、ああいういかにもイタリアのおっかさん的な。あと、あれはああ、って思ったんだけど、お母さんの間違った英語のおかげで僕は作家になったっていうね、あとがきに書いたんですが、あれすごくおもしろいなって思って。

小泉:これ、短編集の順番はどんな風に決めているんですかね?

小竹:順番も好きなようにしたんじゃないですかね。これにこれを重ねてみよう、みたいな。

小泉:終盤に「初心者のための礼儀作法」がきて、ああ、やっぱり最後はこの人の真骨頂ものだなとおもったら、それが最後じゃなくて、また、最後に「私の父、ジャン・バティスト・サンソンは……」って(笑)。私、これ順番通りに読んでいったんですけど、だんだん話がつらくなってくるな、壮絶に、悲惨になってくるなと思っていて。そういう順番なのかなと思っていて、また最後にまたこれに戻ったかって、これも悲惨な話なんですけど、最後これかよって、なんだかよくわからなくて、ちょっと笑っちゃったんですけど。この話ってよく食べ物の話の話が出てくるじゃないですか。

小竹:そうだね。たぶん、だから、その人自身、そういう日記を残してたんじゃないかなと。

小泉:あー、史実として日記が。

小竹:そういう人いるじゃないですか。

小泉:執拗なまでに、妻がなにかシリアスなこと言ったあと、「夕食は牛肉とキャベツとサヤ豆だった」とかふつうに続いて。だいたい、しんどいことが起きたあとで、食べたものが淡々と記されている。その日の献立が唐突にヌっと入る。

小竹:だからたぶん、それは史実としてあったんじゃないかなと思って。

小泉:どの史実をどう採用したりしなかったりするのか。食事の記述は執拗でもありますよね。死刑、ギロチンという、すごくグロテスクなものと、食事を並べることで、どちらも日常であるというようなことなのかと。

小竹:そういう実生活をちゃんと書いているっていうところで、ジム・シェパード流のリアリティっていうのが立ち上ってきているんじゃないかなという気がします。それは私もすごく好き。なんかところどころで、すごいところが、それに限らず、スっとでてくるでしょ?え、なんでそこでそういう一文が入るわけ?みたいなのが(笑)

小泉:そうそうそう。悲惨な話だな、と思いながらも笑っちゃうんですよね。「彼らの助けを借りて、私はドイツ版ヒマラヤのロレンスになるのだ。」とかですね(笑)

小竹:だからユーモア感覚はすごくある人なんだなって。

小泉:この顔ですもんね。ぜったいおもしろいこと考えてますよね。

jim

小竹:そう、ぜったいある。

小泉:じゃなかったら、こんなひげはやさないですよね(笑)

小竹:(笑)

小泉:ほかの作品もざっと見ていきましょうか。ちょっとわかりづらかったのが、「俺のアイスキュロス」。

小竹:ああっ。なんかね。それってだから、兄弟の話として書きたかったんじゃないかなと思った、私は。

小泉:基本的な人間関係の確認を……。これは兄が二人いるんですよね?

小竹:そう。お父さんは長男だけをかわいがっていて、あとの二人のことはどうでもいいと思っていて、だけどかわいがっていた長男が死んでしまって、で、そのどうでもいい二人がけっこう仲が良かったでしょ。

小泉:うんうん。そうか。

小竹:あんまり親切な書き方はしていないので、そういうところは自分で考えてもらわないと。

小泉:はい。かと思えば、「私は○○である。」とかちゃんと名乗ってくれたりもしますね。

小竹:そうそう。名乗るのがおかしいよね(笑)。必ず名乗るでしょう?出たな、みたいな。

小泉:でも名乗ってない人もいますね。「最初のオーストラリア中南部探検隊」これは一人称は誰なんですか?

小竹:これは、副隊長からしか書いてないから、隊長が自分だから。自分のことは書いてない。名乗ってもいない。ビードルという姓はときどき言及されてますけど、R・M・ビードルという表記が一か所出てくるだけで。

小泉:なるほど。そうなのかな、と思ったんだけど、そうなんですね。名乗らない場合もあると。
あと、「初心者のための礼儀作法」に出てくる、この、「太ったあの子」とか「あの子」「あの子が」っていうのは、とか出てくるのけど、これは全部、太った子なんですよね?

小竹:そうそうそうなんです。

小泉:この太った子は最後まで名前が出てこないですね。

小竹:出てこない。名前が出てこない。だから、その手の、今のティーンエイジャーの語りが本当にうまいですね。

小泉:古代の人の語りもうまいですよね。古代人の語りを知らないので本当はうまいかどうかわからないですけど。新しい一人称の誕生というか。「我々は廃墟を作り出し、そしてそれを平和と呼ぶ」―「ハドリアヌス帝の長城」の締めのセリフですが、これもすごいですよね。

小竹:それは実際に『ゲルマニア』に、そういう言葉があるんですよ。

小泉:あ、そうなんですね。ドクター・コルチャックの言葉とか、名言をうまく使っているんですね。なんだ、これは名言紹介のショートストーリーなのか(笑)。

小竹:おお、これが言いたかったのか、みたいな。

小泉:その名言から着想を得て書いているのかな?

小竹:その言葉も大事なんだけど、ヘタレた、なんか、お父さんがすごく無慈悲で酷薄な。

小泉:無慈悲ですよねえ、お父さん。

小竹:無慈悲なんだけど、その人も結局ローマ人じゃなくて、要するに植民地の人間なわけじゃないですか。で、ああ、なるほど、ローマ軍ってこういう風に成り立ってたんだみたいなのはすごくよくわかったわ、私(笑)。

小泉:名言と関係ないですね、あまり(笑)。でも確かに、訓練で点数が悪いと大麦しか食えないとか。あと、「粥」ってあだ名つけられるところとか最高ですね。

小竹:それも最初、英語通りで、あだ名だから「粥」でもおかしいかなって思って、「ポリッジ」にしておいたら、編集の方に「小竹さん、これ古代ローマ軍ですけど」って言われて、確かにそうだわって(笑)。

小泉:訳ってむずかしいですね(笑)。なるほどなるほど。私は読んでいて、あくまで日本語の感覚でウケてるんですよね。「粥」ってあだ名に。

小竹:私も確かに後から考えてみたらこれは「粥」のままのほうがよかったと思って。

小泉:そういう翻訳とかどこの国のことを書いたとか関係なく通じるユーモアなんですねえ。

データを圧縮する

小泉:これね、今ね、インタビューとかって配信できるじゃないですか。でもなんかすごくリソースを無駄遣いしている気がするんですよ。なんのリソースだかよくわかんないですけど。なんか、すぐ通信制限とかされるじゃないですか(笑)。映像とか音声とか流せるし、観れるし、聴けるし。でも、このインタビューのこの音声ですね、こういう音声ってすごいデータ量が大きいから、このインタビューがですね、だいたい153メガバイトくらいになるんですね、だいたいですよ。それがですね、文字に起こすと、テキストデータって40キロバイトくらいになるんですよ。私の場合、起こしたら、音声消しちゃうんですけど。なんかすごくいいことしたような気になるんですよね。

小竹:ははは。無駄を省いた、みたいな。文字でいい、と。なるほど。

小泉:今、映画とかドラマとかばっかり観てて、インターネットもあるし、本読む量がすごく減っているんですけど、やっぱり文字はエコですよ。だって、このジム・シェパードだってね、これを映像化するって言ったらね、いくらかかりますか。まあ、すごく観てみたいですけど。ショートドラマで是非観たいなーとか思うんですけど、そこには莫大な製作費が。そして莫大なデータ量がやり取りされることに。技術の進歩は素晴らしいですが、やっぱりそれで得られるのと同じくらいの愉しさを、古代ローマの愉しみをですね、この数キロバイトで楽しめるっていうのはすごいと思うんですよね。

小竹:本って1冊の本みんなで読めますしね。やっぱり、私も好きなものは必ず紙で買っておかないと、これ面白かったから読んでみてって、kindleだとそれができないし。そのうちできるようになるんでしょうけど。

小泉:自分がだんだん活字離れしていって、でも、音声を起こしているときは活字にまみれて、ああ、音声データがこんなに軽くなる、究極の圧縮技術じゃないか、そうだ、もっと話を聞こう!それを起こそう!みたいな。

小竹:なるほど。それでこれを始めたのね。

小泉:はい。これ、もうちょっと圧縮しろよと言われそうな長さですが、せいぜいが45キロバイトくらいのものですよ。

小竹:あれ、文字起こしは聞きながら書いているの?

小泉:そうです、聞きながら書いているんです。

小竹:私、前に頼まれて、文字起こしの翻訳っていうのを頼まれたんだけど、もちろん逐語訳じゃなくて抄訳で構わないからって言われたんだけど、私、そこまで英語耳じゃないから、いやあ、聞きながら起こすのは無理ですよ、って言ったら、じゃあ、ちょっと英語に文字起こしだけはしてもらいますからって、結局、文字起こしを頼んだ先からそこを経由して私のところに英文が送られてきたのね。代金まで出ちゃったのが見えちゃったんだけど、それでびっくりしたんだけど、あれ、たぶん機械でやってるんだと思う。ものすごく安いの。だから、かなり長いインタビューなんかも、1回分が4~5千円くらい?今、YouTubeなんかでも自動的に出てくるでしょう。だからあのレベルなんじゃないかなって。だから、ところどころ変なところがあったんだけど、ところどころ変っていう程度なら私でもだいたいわかるじゃないですか。だからその程度、十分それでこちらの役に立つ程度には文字起こしはできていて、で、代金があんなに安いっていうのは、たぶん、人間を使っていたら、ああはできないから。

小泉:人間を使ったやつでも、クラウドなんちゃらとかで頼むとすごく安い…らしいんですけど、私は、起こされたものを渡されると、それはもう「読むもの」になってしまっているじゃないですか。そうじゃなくて、音声を起こしているときって、追体験というかもう1回再現しているんですよね。その結果気づくこともたくさんあって。その追体験なしにいきなり起こされたものを読んでいると、結局聞き直さないといけなくなってしまうんですね。もちろん、他の方にお願いすることもありますが、私はすごく信頼している音声起こしの人がいて、その人にお願いするか、あとは基本自分で起こすようにしています。キレイに起こしてくれる人もいるんですよ。ケバ取りとかいうらしいんですけど、でも、うまいひとに頼むと、ケバとられちゃうので(笑)。それはそれで結局また聞き直すんですよね。

小竹:ケバに面白いものが入っているもんね。

小泉:最近は技術が発達してストリーミング配信で動画が観れるようになって。でも、文字になることで、ストレージとかに置かないと共有できないような重いデータが、何キロバイトになるって、文字はエコだなって。

小竹:そうですよね。文字のおかげでこれだけ人間の文明、文化が積み重なってきたわけじゃないですか。文字がなければ何も残らなかった。

小泉:アレクシェーヴィチも口語体で文字起こしじゃないですか。インタビュー起こしで。

小竹:聞き書きですよね。Twitterで、アレクシェーヴィチとジュリー・オオツカの屋根裏の仏様の書き方が似ているって指摘していた人がいたんだけど、確かにその通りだなって。ジュリー・オオツカも聞き書き、調べ書きっていうか、他の人が書いたものをモザイクみたいに組み合わせて自分のものにしちゃっているじゃない。

小泉:ジュリー・オオツカのほうがアートっぽいですよね。

小竹:そうそう。アレクシェーヴィチはジャーナリズムに徹してやっている。

小泉:彼女たちに勝手に勇気づけられているところがあります。

小竹:ええ、がんばってください。

きっとみつかる、あなたの一話

小泉:これ、どれが一番好きとかあります?

小竹:なんかね、これ自分で訳しちゃうとね、なんかね、どれもけっこうそれぞれに味わい深く。そうねえ。どれが好きかしら。

小泉:「死者を踏みつけろ、弱者を乗り越えろ」、これまだ話してないですね

小竹:ああ、それはあんまり、私、アメフト、スポーツものがダメなうえに、アメフトなんて本当にわからなくてね、なんでこんなもの書くんだよあんたは!って思って(笑)。これも結局父親の不在と、兄弟ものっぽいじゃないですか。

小泉:腹違いの兄弟を探して。

小竹:でも腹違いの兄弟かどうかはわからないけど、彼はそう思い込んでいて。そういうところは面白いけれど、アメフト自体が…それは、たまたま、友達で、ご主人が中国系の方で、そのご主人と息子さんがアメフト好きって人がいて、アメリカで知り合って結婚していて、ご主人は元は中国の方なんだけど、完全に英語が母国語くらいの感じで、息子さんたちは完全にアメリカ人として育っているんですよ。で、おまけに彼女が翻訳をやっているので、翻訳家としてこういうところがこう聞きたいんだなってわかっている人で。

小泉:アレグザンダー・マクラウドの訳のときに、足の骨の名前を聞いてた人じゃありませんでしたっけ?

小竹:そうだっけ?まあ、とにかくその人に聞いたら、図まで描いて送ってくれて、なるほど、と。

小泉:でもこれ、読んでいてちょっと違うなって思った作品があって「んー」とか思ってもすぐ終わるのがいいですよね(笑)。いや、訳すほうは大変と思いますけれども。

小竹:これで長かったら投げ出してた(笑)。まだ野球とかだったら、自分でネットで調べたりしながら、少なくとも何をやっているのかなくらいは追えるんですけど、アメフトって本当にわからなくて。

小泉:私もアメフト部分は全然わかりませんでした。でも、これ、誰が読んでも、みんな何かしら好きな作品が見つけ出せるんじゃないかと

小竹:これだけあればね。

小泉:女性も素敵な女性ばかり出てきますね。ヒステリックな女性が出てこないですね。テレシコワも、死刑執行人の奥さんも、淡々としている。

小竹:ヒステリックになっちゃっても不思議はないんだけど、そういう風には落さないと。

小泉:女性に対する、尊敬を感じますよね。

小竹:なんか、奥さんも作家なんですって。奥さんのことも尊敬しているし、いいパートナーのようで、女性には恵まれてきた人なんじゃないかしらね。

小泉いい面構えしてますしね。

小竹:いかにも話のおもしろそうなおじさん。YouTubeでいくつか、講演なんかは聴いたんですけど、まじめな感じの、いかにも大学で教えている先生って感じで、エトガル・ケレットみたいなところは全然ない(笑)。それとか、ジョン・アーヴィングみたいな、そういう感じでもなくて、もう、本当にまじめな感じです。

小泉:アーヴィングって、女性がちょっと残念な感じのときがあるじゃないですか。

小竹:ちょっと類型的だったりね。

小泉:それでアーヴィングが嫌いになったりしないけど、なんでかなーとか思いながら読むじゃないですか。

小竹:ええ、ええ。

小泉:この人はそういうのまったくないですよね。それはきっと、女性の描き方に限ったことじゃなくて、観察眼の距離感が一定というか、国も、時代も自由自在、アラスカの話もありますね。日本のことも書いている。すごいですよね。なんでも書いちゃう。

小竹:日本の話なんかも、日本人の私が読んでもそんなに違和感がない感じで書いてあるし。リサーチがすごいんだと思う。

小泉:これも面白かった。「最初のオーストラリア中南部探検隊」。壮絶な旅路みたいなの好きなんですよねえ。これも実際にあったんですかね?

小竹:それも私も調べたんだけど、いくつもそういうやっぱり探検隊が出て、行方不明になったりしながら、やってたみたいよ。

小泉:途中で泣いている白人に会ったりしてますよね。

小竹:そうそう。そういう、なんで泣いているのかもわからないんだけど、きっと、たぶんなんかその人たちもどこかへ行こうとしていたのかもしれないし。そのあたりで引き返していればよかったのが、引き返さないで行っちゃうからお話になるんだけど…。

小泉:こんなにオーストラリア中南部っていうのは何にもないんですか?

小竹:なんかね、本当の砂漠地帯のようです。以前、高松でアボリジニの美術展があって観に行ったら、あのそのあたりの話じゃないかと思うんですけど、なんかつなぐルートができるまでにものすごく大変だったみたい。で、こういうところの話だったのかなと。オーストラリアには行ったことないんですけど、ぽつぽつって、町とかはあるけど、真ん中は本当にがばって砂漠があったり、みたいな。実際にその人みたいに、内陸部の中の海みたいな、そういう広大な水源があるんじゃないか、みたいな説はあったみたい。

小泉:それで思い出したんですけど、オンダーチェの『イギリス人の患者』にも、ゼルジュラっていう、なんかそういうところが出てきたような。私、砂漠ものが好きなんですね。まだ全然読んでないんですけど『ロレンスがいたアラビア』っていうのが出ていて。あ、これも白水社さんだ。とにかく、ロレンスみたいな人があと3人くらいいるらしくて、ロレンスとその他の3人がいろいろ画策していたっていう話らしいんですけど、それはきっと、こういうさらっとした話じゃなくて、もう壮大な大作って感じで、上下巻で、すごく値段も高くて。ロレンスって第一次世界大戦じゃないですか。『イギリス人の患者』って第2次世界大戦前後で砂漠の探検に出ていた、本当はイギリス人じゃなかった患者の話なんですけど、それがスパイだったんじゃね?みたいな話なんですけど、もしかしてオンダーチェってアラビアのロレンスに構想を得たのかしらとか。

小竹:なるほど。

小泉:すみません、話がそれてしまいました。私が、砂漠とスパイが好きなもので……。で、何が言いたかったかと言うとですね、『ロレンスがいたアラビア』はすごく楽しみなんですけど、ジム・シェパードを読んでいると、なんていうか、これくらいにまとめてくれよっていう気もするんですよね(笑)

小竹:読みやすいでしょ(笑)

小泉:これ、すばらしい手法だなと。

小竹:みっしりしているから短いんだけど、そんなに短かったような気がしない。私も訳して後で見直して、あれ、これだけしかページ数がなかった?っていうのが、すごくありましたね。

小泉:だからさっき、テキストデータにすると軽くなるっていう話がでましたが、さらにこの人はですね、

小竹:確かに!さらにまとめて。

小泉:上下巻で出せそうなネタを数ページに。やはり現代人は…、

小竹:みんな、忙しいから(笑)

小泉:観たり聴いたりTwitterやったり忙しいから(笑)

小竹:訳は時間がかかったっていうのはね、実際の翻訳の時間より、調べものなの。調べだすと、なんかこれを調べたらこっちへ飛ぶとか、テレシコワの話でも、結局、ソ連製のロケットの構造から、当時の、なんかテレシコワの、ガガーリンの飛行から始めて、テレシコワのこういう具合だったっていう話から、すごくたくさんいろいろ読んじゃって。

小泉:おもしろいですね。「ポリッジ」はダメ出しされたり、「エロス7」は「エロス7」のまま行こう、とかそういう判断というか匙加減が。

小竹:ポリッジは「粥」で正解でした。アメフトの話はわからなかったんだけど。「エロス7」のロケットについては、ジム・シェパードが物理学を専攻したとかいうような人だったら困っちゃうところだったけど、ロケットの話とかはいまひとつよくわかってなかったと思うんですね。で、なんかね、明らかにこれは間違いだと思うような、だから私もわからないんだけど、その、なんか軌道でも、なんかいろいろ楕円軌道とかいろいろあるんですけど、ちがう、あれはなんだっけかな、ナントカ放物線とかいう言葉が出てきて、いやー、でもロケットがね、一旦軌道に乗っちゃってて、そんな動きをするはずがないし、これはおかしいと思って、ちょっと物理学専門の人に聞いてみたら、いや、これはおそらく作者の勘違いでしょうと言われて。そこはだからそれっぽく直したりとか、あったんですけど。

小泉:原作を直す!

小竹:ロケットは私もわからないんだけど、たぶん、ジム・シェパードと同じくらいのわからなさじゃないかなと思って、できたんですけど、アメフトは困りました。

小泉:そう考えると、この本、ローマの専門家が見たらおかしいとか、いっぱいありそうな気がするんですよ。

小竹:たぶんね。あと、サンソンの話でも、ひとつ、画家の名前を間違ってたの。ローマの執行官が自分の息子に死刑を宣告して実際に処刑の場面を見るっていう絵があるんですけど、私、その絵をGoogleの画像検索でググったら、別の作家のしかなくて、原作にあった作家を探しに探したんだけど、全然そういう絵はなかったからこれはきっと勘違いだろうと思って、それも編集者と相談して、そっちのよく出てくるほうの作家に直した。

小泉:この「ルイ・ダヴィッドが描く」ってところですね。

小竹:そうだわ。そういうちょこちょこしたところが、ね。

小泉:ジム・シェパードさん、入念に調べつつ、ちょこちょこ間違う感じもいいですね(笑)。

小竹:そうなの(笑)。

小泉:え、じゃあ、これも直しているんですね、翻訳で。

小竹:直してます。そういうのは別に作者に承認を得なくてもこれはもう絶対勘違いだわとかいって、勝手に直しちゃったりとか。

小泉:これ、ジム・シェパード本人に「ここを修正させていただきました」みたいなメールを書いたりは……

小竹:ほんとだったら、そうすべきなんでしょうけどねえ…たぶん、アメリカって、日本ほど編集者がしっかりしていないっていうのはよく思うんですけど、日本の場合はけっこう編集者がチェックしてくれて、事実関係っていうのは割としっかりと調べてくれて、チェックしてくれるんですけど、それをやってないみたいな感じで、だから私程度でも、あ、間違っているってわかる間違いがけっこうあったりしますね。

何も啓発しない

小泉:こういうの、いちいち、裏とってくの大変じゃないですか。

小竹:それが、けっこうおもしろくて。知らなかったことを、いろいろと、おかげでさまで。そうそう、ギロチンの話でもテレグラフって言葉が出てきて、「え、電信ってそんなころからあったんだっけ?」って調べたら腕木通信のことだったんですよね。だからそこはテレグラフじゃなしに、腕木通信って訳して。信号っていっても、電気はないので電波は飛ばせない、腕木の向きでもって、何かをずっと伝えるっていう。

小泉:それがテレグラフ?

小竹:テレグラフのもとだったのよ。

小泉:これもフランスの話じゃないですか。すごいなって思うのが、ソ連、要は英語圏以外のこともガツガツ書いて。

小竹:それだけ地域も広いし、時代がすごい広範囲に渡ってるでしょう?あれもちょっとふつうはあり得ないんじゃないかなって思って。

小泉:たとえば、中世が好きな作家って中世のことばっかり書きがちじゃないですか。

小竹:そうよね。だけど古代から現代まで。

小泉:なにを基準にネタを選ぶんでしょうかね?

小竹:変なノンフィクションを読むのが好きなんですって。だからその変なノンフィクションの中で、なんとなく自分にピタッとくるものを見つけたら、それからそれに沿って調べ始めるみたいな。

小泉:テレシコワが子ども用の物語には自分を見つけられなかったけど、大人用の物語に自分をみつけたというようなことを書いているけれども、そういう感じで変なノンフィクションの中に自分を見つける…

小竹:たぶん。なんかそうみたいですよ。なんかあとがきにも書きましたけど、調べに調べた挙句、自分の語りに乗らないと思ったら、バッサリ切り捨てるんだって。だから、それこそ、膨大なデータを捨てながら生きているんだろうなと、この人は。

小泉:膨大なデータを捨てるというか、圧縮するというか、最後に研ぎ澄まされた数キロバイトみたいな。

小竹:贅沢ですよ。

小泉:現代に合っている。

小竹:ジム・シェパードがたくさん読んでくれているおかげで、読者は上澄みだけを、キュキュッと凝縮したものを愉しめる。

小泉:読むべきですよね、時間がなくて、活字離れしている人こそ!

小竹:そうそう、だって、あなた、通勤電車の中で一話読めちゃうでしょう?

小泉:そう、しかもただ読めるだけじゃなくて、

小竹:今まで触れたことのないような世界がそこにバーッと広がるわけじゃないですか。

小泉:映画1本観たようなですね!人間ドックを受けながらにして。活字を読まなくなった人にこそ。

小竹:たしかにね。

小泉:もうね、分厚いのもしんどいんですよね。『ロレンスがいたアラビア』もね、もちろん読みますし、きっと最高に面白いと思うんですよ。上下巻で。ただ、そういう読書が非常に困難な時代にはなっておりますと。

小竹:はっはっはっ(笑)

小泉:そういう意味でも、ジム・シェパードは最先端だということがわかりましたね。

小竹:たぶん、教職っていう定収入を得る道があるから、そういうバカみたいなことができると思うんです。だって、こんなにバカみたいなことはないんじゃないかなっていうようなことをしてくれている稀有な作家だと思いますよ。

小泉:半魚人の一人称とか、売れようと思って書ける小説じゃないですよね。

小竹:ない。だから「どうせいいんだよ、俺の本なんて誰も読んでくれないから」って思いながら書いているんでしょうけど、やっぱりほら、書きたくはあるんでしょうね。そういうものはあるんでしょうね。

小泉:そうでしょうね。書きたいものがあるから書くのであって、職業作家として食っていこうという人の書き方ではないですよね。

小竹:ではない。ええ。だったら、やっぱり1話を400ページとかにして、もうちょっと水増しして。

小泉:なんか今日話したら、膨大な情報を圧縮するっていうところで。

小竹:そういうところで注目されてもいい。

小泉:昨夜、この語らいの事前準備として、カトリックがどうとか、フラナリー・オコナーとの類似とかそういうやり取りをしたじゃないですか。今日の話はあまりそういう方向に行かなかったですね。

小竹:そう、たしかに。いや、なんて言うんですか、葛藤している人間っていうか、フラナリー・オコナーも、根底にキリスト教っていうのがあるはずなんだけど、そういう知識なしに作品を読む限りでは、すごいもうバイオレンスとか暴力とかグロテスクでねじくれたものしかない感じで。でもあれが本当のいわゆるキリスト教の原罪ってそういうものなのかなと。私はカトリックじゃないのでわからないのですが、

小泉:暴力性は似ていますよね。あと二人とも「え、ここで」っていう終わり方するじゃないですか。

小竹:そう。インタビューでね、ジム・シェパードが「文学っていうのは読者の自己啓発のためとかじゃなくて、だから読者がエピファニーを得るとか、そういうためにあるもんじゃない、文学っていうのはそういうためにあるもんじゃない」っていうのが、すごい面白くて、なるほどなあって思っちゃって。アリス・マンローなんかも絶対そういうタイプだし、確かにそうだよなと。だからあんまり読まれないというか。

小泉:なんか啓発してくれないと読まれない。

小竹:本人もそれをわかって書いているんじゃないかなって思って。

(終わり)