山形浩生さんと、『ヴァリス』3部作について語る。

ヴァリス3部作新訳までの経緯

小泉 今回は山形さんにヴァリス3部作について、お話を訊けたらと思っています。私は昔、挫折したんですよ、『ヴァリス』。

山形 ですよね。

小泉 『聖なる侵入』はうへぇ、とか言いながらもなんとか読んだ。『ティモシー・アーチャーの転生』は割と好きだったような記憶があります。でもこの3作、3部作と呼ばれているのは知っていたんですが、あまりこの3作のつながりを意識していなかったんですけど、今回、あらためて3作通して読んでみました。山形さんの新訳ということで、3作とも最初にあとがきから読んで。あとがきから読んだらすごくちゃんと読めてびっくりしました。

山形 ありがとうございます。

小泉 ディックの新装版、つまり装幀が新しくなっていろいろ出ているじゃないですか。よく見ると新装なだけで新訳じゃないものもけっこうあるんですよね。この3部作が新訳になっているっていうのはどういう経緯だったんでしょうか?

山形 いろいろ、諸説聞いたんですけれども、しばらく前は、やっぱりディックは全部、浅倉久志訳にしましょうね、みたいな感じの話があったと聞いています。結構訳されているし…ということらしいんですけど、『暗闇のスキャナー』がハヤカワに入ったときに山形訳から浅倉訳になったのは、そのせいだったという説がある。あとは、大森望さんが、自分が好きな作品を自分で訳したいみたいな陰謀を進めていて、バリントン J ベイリーとか、マイケル・コーニィとか全部自分で訳し直しましたけど、その一環で、自分だけやってるとあまりに露骨過ぎるから、他の人にも新訳やらせようみたいな陰謀があるらしいというのも聞いていますし、まあ、何が正しいのか、よくわからない。ただ、『ヴァリス』に関して言うならば、昔から元の翻訳が読んでよくわからなかったっていうのと、あと旧訳にある後ろの解説が間違ってんじゃんっていうのがあって、それで訳し直して、ちょっと原書と比べてみると、本文の訳も全部間違ってんじゃんお前って。口語表現知らないだろう、とか。たとえば、at the eleventh hourっていう、これは英語の口語表現で、「ぎりぎりになってやってきた」っていう慣用句なのに、「11時にやってきた」って訳していて最後の解説のところでは、「夜の11時にはいかに形而上学的な意味があるか」とか書いてあって、いや全然違うからお前っていう。そういう、どうでもいいところを深読みしてわけわかんなくしているし、肝心なところ間違えているし。それを僕が勝手に訳したバージョンを途中まで訳してWebに上げといたら、そしたらあれを続けろという話が来まして。

小泉 PDFで配布されていましたよね。じゃあ、これは出版が決まる前から訳をされていたんですね。

山形 そうです。で、ひとつやったら、あとも続けてやれやっていう。

小泉 やっぱりこの3部作で一番違和感があったのは、『ヴァリス』ですか?

山形 今にして思えば、一番違和感があったのは、『ティモシー・アーチャーの転生』。ただ昔は、『ヴァリス』があまりにこれだったもので、あと、『聖なる侵入』も基本的には好きじゃないっていうか、面白くなかったんだよね。なんで最後ハッピーエンドで終わるんだよこれでっていうのがあったので、ティモシー・アーチャーもそういう、ティモシー・アーチャーさんが勝手に転生して御託を垂れるような小説だと思っていたので、いいよ読まなくてって思って読んでなかったんですよね。

小泉 読んでなかったんですか!

山形 それが、読んでみたらこれが一番まともな、ちゃんとした小説だっていう。

小泉 確かに。

『ヴァリス』の与太話感

小泉 『ヴァリス』については、一番の発見は、最初にあとがきから読んで、「あ、そうなんだ」って思ったんですけど、この、ホースラバーファットっていう自分の分身みたいな主人公のことをフィル自身が書いているっていう、その設定に気づいてなかった。昔は。そういう基本的なことをわかっていなくて、たぶん出だしでつまずいたと思うんです。今回、あとがきである程度前知識を仕込んで、「ホースラバーファットはフィルが作り上げたんだな」って前提で読んでいたら、『暗闇のスキャナー』―これは浅倉訳『スキャナー・ダークリー』が新訳として出ていますが、今回は山形さんのインタビューなので『暗闇のスキャナー』で通します―とそっくりな世界観なんですよね。

山形 そうですね。

小泉 『ヴァリス』は『暗闇のスキャナー』のあとなんですか?

山形 原作はそうです、『ヴァリス』は『暗闇のスキャナー』のあとです。

小泉 じゃあもう山形さんは訳をしていたりしていて、その中でこの『ヴァリス』の旧訳が出て、「え、なにこれー」ってなった感じですか?

山形 それもありました。

小泉 そもそも、なんでこんな装幀になっちゃったんですかね?

山形 それは大滝さんが、この絵を見て非常に気に入って、これを使えという話にしたと。このあとがきによると、これじゃなくて、『聖なる侵入』の表紙に使ったやつが気に入って、他のも使えみたいな。一方で『ヴァリス』の表紙を見た人は、なんか芸術っぽいけどエロいわー、乳首が出てるわー、とか(笑)、そういうので喜んで買って読んでいたんですよね。

小泉 これ、買った人はみんな読めていたんですかね?

山形 読めてはいないけど、なんか小難しい話をするのはいいみたいな雰囲気はあったですよ。

小泉 私は『暗闇のスキャナー』は、ディックの中でも一二を争うくらい好きなんですけど、当時、山形訳の『暗闇のスキャナー』と大滝訳の『ヴァリス』ってとても同じディックの作品とは思えないくらいに乖離があって。たとえば、『暗闇のスキャナー』はすごく悲しい話なんですが、ジャンキーたちの与太話、自転車のギアがどうとか、みんなラリっていてああいうバカな話をするっていうユーモラスな感じがあったじゃないですか。今回新訳で『ヴァリス』を読んだら、あれに通じる与太話っぽさを感じて、おお!となったのですが、旧訳の『ヴァリス』にはそういった雰囲気はまったくなくて。

山形 ないですよねえ。完全に真面目に神学論争してると思っているから。

小泉 ええ、そう思っていました。『ヴァリス』は真面目に神学論争しているような小説なんだ、と。ところが、そうではなかった。ここで新訳にするときに気を使ったこととかはあるんですか?

山形 そうですね。まず、与太話感をちゃんと出さないきゃいけない。学者の討論ではないので、薬物中毒で頭のイカれたジャンキーのヒッピー崩れの人たちが、妄想に捕らわれているので、そこはちゃんと出そうよ、と。その過程でいろんな陰謀論も勉強しちゃって、なんかそれっぽいこと言うけども、明らかに変な方向に行っている。それが実は意味があるんだと思いたいのは勝手だけれども、やっぱり翻訳では、そのラリッてる感じを捨ててはいけないでしょうという風には思って、まずそれをやると。あとは、一応、翻訳ってみんなそうですけれども、ふつうに、間違えずに訳そうぜっていう。理屈の通らないような訳はやめようっていう、まあ、さっきの11時とかもそうですし、普通に訳すべき。旧訳では、ホースラバーファット君は精神病院へ行って、ショーペンハウエルを読んでる、神の存在を認識して、みたいなことを言ってしまうことになっているんだけども、原書を読むと、そういうことを言うとヤバいからそれは言わないようにしたって書いている。

小泉 真逆ですね。

山形 ラリっている感じは出したいんだけれども、実際以上の気狂いにするのもまたよくないでしょうと。

小泉 モーリスのところですか?

山形 モーリスのところは比較的いいんだけれども、そのあとのところで、もう一人お医者さんが出てきて、そのお医者さんはとりあえずこいつは妄想しているのは自分はわかっているんだけども、それはお前妄想だダメだと言うと本人の自信がなくなると。自信を回復させてあげなきゃいけないってことで、ああ、君はよく勉強しているね、あーなるほどねなるほどね、と。昔、看護婦の知り合いに聞いたことがあるんですが、そういう頭のおかしいときとかお年寄りと話すときは否定しちゃダメで、神様が話しかけてきた、とか誰某が僕の悪口を言っているって言ったら、あー誰某が悪口言っているのねって、なんかこう一応肯定してあげるのが大事なんだそうです。それをちゃんとやっているお医者さんなんだけど、ホースラバーファット君は彼を完全には信用していない。なまじ頭がいいので、こいつに迂闊なことを言うと出してもらえなくなるっていうのはわかっている。だからなるべく抑えようとしているっていう、なんかそこらへんの計算もできる人なんだよっていうのはちゃんと表現してあげなきゃいけないし、そういうのは出さなきゃいけないっていうか、基本的には原文通り訳せっていう話なんですけど。僕はすごく翻訳に色をつける人間だと思われているけど、そんなことはなくて、原作通りやるとそうなるっていう、それを実践したつもりではあるんです。

あとがきから読む

小泉 たぶん、『ヴァリス』の原書も訳書も両方読んで比べたっていう人は日本でもそんなにたくさんいないと思うんですよね。だからもう意味わからん、これはそういう小説なんだみたいな。今回山形さんの新訳で、それでも読んでいるとだんだん辛くなってきて、でも、『暗闇のスキャナー』の登場人物とか思い浮かべたりしながらなんとか読み進められました。

山形 ですよね。

小泉 これ、ヴァリス3部作っていうと、ヴァリスからはじまったみたいな感じになってしまうけど、『暗闇のスキャナー』のほうが人気もあるし、読みやすいので、新訳を機にヴァリス3部作じゃなくて、暗闇のスキャナー4部作とかにしたほうが入りやすいんじゃないかと思いました。『暗闇のスキャナー』の延長として『ヴァリス』新訳を読む。

山形 かもしれない。うん。

小泉 このケヴィンっていうキャラクターも、『暗闇のスキャナー』のバリス―映画『スキャナー・ダークリー』でロバート・ダウニーJrが演じていた役―に通じるものがあって、もしかしたらモデルは同じかもしれないとか、とにかく『暗闇のスキャナー』との共通点が多いのに驚きました。『暗闇のスキャナー』では、覆面捜査官の「僕」が自分で自分を監視するじゃないですか。それと同じ構造なんですよね。

山形 そうそう。

小泉 そのことは当時、全然気づかなかったですよ……!この新訳は、これはもう絶対、あとがきから読んだほうがいいじゃないですか。

山形 そうですか。「山形はよけいなことをあとがきで書きすぎる」っていう話もあるので、そう言っていただけるとうれしいです(笑)。

小泉 『ヴァリス』新訳といっても、また挫折するんじゃないだろうかと不安に思っている読者も多いと思うんですよ。これは絶対あとがきから読むべきと思いました。フィルがホースラバーファットで……っていうのは、当時から読者の間ではちゃんと共通認識はあったんですか?

山形 それは、多くの人は、まあ、わかってたんじゃないですかね。

小泉 私、わかっていませんでした……。でも山形さんは、そのことをあとがきであらためてちゃんと書いていてくれているじゃないですか。あれでまず、最初のつまずきを防止できる。やはりあのあとがきは重要ですよね。

山形 ありがとうございます。

小泉 猫が、3作を通じてちょこちょこ出てきます。ケヴィンが猫のことをずっと気にしているじゃないですか。2歳の女の子のところに聞きに行ったときに、猫の話をしに戻るじゃないですか。2歳の、あの、あれは、神様が乗り移ったんですかね?

山形 …ということになっている。

小泉 …神様が乗り移った女の子に話を訊きに行って、みんなで質問をしに行く。そこでケヴィンは、俺の猫はなぜ死んだんだと聞く。

山形 女の子は、それは車の前に出てきた猫がバカだからだって言うんだよね。バカだから死ぬって。

小泉 それは死ぬべき猫だったと。ひどい答えなんだけど、ケヴィンはすごく猫が死んだことを気にかけていて、ディックの猫への思いを感じました。あと、このピンクの光っていうのはなんなんですかね。

山形 これは本当にあったそうですよ。ディックが実際にそういう体験をしたそうですよ。

小泉 ドラッグの影響でしょうか。

山形 それが何だったのかというのは、余人にはわからないことですけど、そういう体験はあったらしい。

映像化されるディック作品

小泉 ディックの作品は映像化されているものがすごく多いので、ヴァリスも映画化かドラマ化できるんじゃないかな、と思ったりしました。

山形 誰かがしようとしているという話は時々出てきますね。

小泉 ディックってなんでこんなに映像化されているんでしょうか。

山形 まあ、やりやすいからね。

小泉 『マイノリティ・レポート』なんて、今、今日のプライバシーの議論なんかでふつうに引き合いに出されていて。

山形 あれ、ディックの小説のほうは大した小説ではないんだけれども(笑)。

小泉 そうですよね。『少数報告』っていう短編で。

山形 ただあの、ディックは、あまり深いことは考えない。特に短編は、最後に小道具がちょろっと出てきて、ハイ、実はこうでした~って、それで映画にはしやすいんじゃないですか。ペイチェックとか。なんだ~これは~って言っていると、実は使えました、陰謀がありました~!で、おしまい!(笑)

小泉 『ユービック』が好きなので、映画化の話を何年も楽しみにしていたんですが、ミッシェル・ゴンドリーが撮るって言ったまま頓挫したようで、あれはどーなったんだと。でも、ミッシェル・ゴンドリーがユービック? って思っちゃうんですけど。

山形 『ユービック』の脚本版はディック自身が脚本を書いて……。

小泉 『ユービック・スクリーンプレイ』ですね。なんか、当時、女優まで指定していたらしいですね(笑)。

山形 ははははは。原作者にそこまでの力はない(笑)。ミッシェル・ゴンドリーが撮ったらかなり違うものになることは期待したい。『ユービック』は変ですよね、明らかに。

小泉 『ティモシー・アーチャーの転生』も、映画化もしくはドラマ化すべきですよね。

山形 そうなんだけど、難しいですよね、ビジュアル的な見せ場があるかどうか……。

小泉 ポール・トーマス・アンダーソンあたりなら、なんとかしてくれるのではないでしょうか。

山形 んんんー、難しいですね。

小泉 『高い城の男』はドラマ化しましたね。

山形 しましたね。あれは、NYで彼らの広告キャンペーンが批判されてなんか尻つぼみになっちゃったのかな。まあ、ナチスがアメリカの占領してっていう設定なので、ナチス入り星条旗みたいなのをアメリカのあちこちに広告として貼ったらやっぱり当然批判が出て、まあ、そりゃそうだろうな、と。

小泉 『流れよ我が涙、と警官は言った』も映画化してもいい気がしますね。

山形 長編はみんなどう整理していいのかわからなくなっちゃいそうなので、短編のほうが楽かと(笑)。

小泉 なるほど。逆にびっくりしていたんですけど、『少数報告』があんなにちゃんとした映画になるなんて、と。そうか、長編のほうが難しいのか。

山形 原作が名作だといい映画になりにくい。むしろしょぼい2流の原作のほうが良い映画になる。

小泉 『アジャストメント』も映画化されてましたよね。

山形 あー、なんか逃げるやつですよね。

小泉 だいたいディック原作は、なんか逃げるやつですね。

山形 屋上に行ったら、いいよ君たちは好きにしたまえ、ってやつ。甘いよそれは!って(笑)。

小泉 『トータルリコール』もなんか逃げるやつで、数年前にリメイク版が映画化されましたね。

山形 あー、されましたねえ。

小泉 あれはつまらなかった…。

山形 つまんなかったねー。

小泉 ディックは映画化権とか安いんですか?

山形 娘か、元妻だったか、忘れたけど、財団があるのでそこが管理しているんですよ。それなりに売っているんじゃないですか?ただ、アニメ化してキャラクター商品で稼げるってわけではないので、意外とユービックとかはね、キャラクター商品できるかもしれないけど。

小泉 ユービックグッズはいけますよ!なんにでもユービックマーク入れればいいじゃないですか!

山形 えーとね、とはいえ、まだそこまでやりきれた人はいないですね。で、ちょっと、やっぱり、少しずつ人気も落ちてきてますから(笑)、早めにたくさん売っておこうというのは正しいやり方ですね。

小泉 シビアな見解ですね(笑)。私はスタバのマグにユービックスプレー缶のイラストをプリントアウトしたやつを入れてました。でもなんだかんだ言って人気あるんだなあと思うんですけど何でしょうか、人気の秘密は。

山形 わかんない。日本では昔からサンリオでも、なんでディック売れるの?よくわからないっていうのを、さんざん西村さんがおっしゃってて。だけどわかんないからとりあえず、前評判とか全然あてにならないから手あたり次第、出すかと。手当たり次第にとって手当たり次第に出そうっていう方針でやっていた。

小泉 手当たり次第出す、素敵な方針ですね。手当たり次第出した結果、いろんなディックの作品が全部揃って。私、ディックって『暗闇のスキャナー』や『ユービック』のほかに、あとはなんかもっと軽いやつ、『フロリクス8から来た友人』とか『いたずらの問題』とかそういうのが好きで。

山形 あれはいいですよねえ。ディックは昔からそこそこ人気があった。いい加減で安っぽいけどそれがいいんだみたいな話で。『ヴァリス』も日本では特に大滝訳が出たときに、すごい、一大神学体系があってなんかそれを理解しないとディックは語れないのであーる!みたいな。で、そういうのをありがたがる人たちもいるので、それはそれで人気が出た。

世界は誰かにコントロールされている、という感覚

小泉 新訳で『ヴァリス』の苦手意識がなくなりました。テーマはそんなに他の作品と変わらないんだなと。

山形 トニー・タナーの『言語の都市』っていう本があるんですが、それは、昔から、アメリカ文学の共通モチーフというのは、世界が何かにコントロールされている恐怖なんだよ~っていう論点で、それこそ、トマス・ピンチョンとか、ほかのいろいろな、ふつうの純文学作家でも、そういうのが必ずあると。ひとつのあらわれは陰謀論みたいなので、影の組織があってこの世を支配している!みたいな、トマス・ピンチョンとか、あるいはそれこそ、『ダ・ヴィンチ・コード』みたいな話でもいいんですけど、そういう話。

小泉 アメリカ映画やドラマでもそういうの、多いですね。

山形 で、もうひとつのあらわれは、宗教みたいな話。神様や悪魔がコントロールしているっていう、そういう考え方に走る人がいて。その意味では、ディックは昔からかなり、宗教がかったほうで、自分には知り得ないところで物事がコントロールされているっていう強迫観念を持っている。それは一方でアメリカがもっている自由、自分の責任だっていう考え方の背後にどうしても出てくる裏返しなんだっていうのがトニー・タナーの説で、僕はそれなりに説得力があると思っている。その意味ではディックってすごくアメリカ的な作家ではあるんですよね。ずっと宇宙人が操っている、宇宙人だったり神様だったり、それが同じものだったり、あるいはドラッグでもいいんですけど、なんかそういうものをずっと追っているという意味では、同じ強迫観念っていうのは昔からあって、それがその時の時点でどっちに向くか。『時は乱れて』のように政府の陰謀にするのか、神様のせいにするのか、それが結合した何か変なものになるのかっていう……。

小泉 『ヴァリス』でいうところのシマウマですね。

山形 その時々のディックの関心によって変わってくる、そんな感じだと思っています。

小泉 『ティモシー・アーチャーの転生』は、私はキリスト教のことはよくわからないんですけど、割とアメリカ人というのは、そういう神様のことを本当にああいう風にとらえているのかな、と。「神が限界を決める。人が何を信ずるか何を知るかは最終的には神に依存する。同意するかしないかについては自分の意志では決められない。それは神からの贈り物であり私たちの依存の一例なのだ。」というところなど、他の小説家、たとえばフラナリー・オコナーなどを読んでいても、それだけ読んでいるとわかりやすい宗教観、キリスト教っぽさはあまりないんですけど、アメリカ人ってわりとこういう考え方なのかなと。ティモシー・アーチャー主教だけが特別おかしいことを言っているわけではなくて、そういうもんなのかな、と。

山形 そういうものみたいですよ。なんか、すごく変な考え方している人ばっかりで。

小泉 ティモシー・アーチャー主教も実際にモデルがいたんですよね。

山形 なんだっけな、人が良いことをすれば天国に行って、悪いことをすれば地獄に行きますよっていうお話があると。それに対して、それって神様が事前に決めちゃってるんだよね? っていう話になって、じゃあ、俺が何しようが関係ないじゃん、それ神様が決めてんじゃんって話になってしまって、でもそれに対して、お前は神様が何を決めているか知らないわけだよね、だから、要するにひょっとしたらいい方にさだめられているかもしれないけど、悪い方にさだめられているかもしれないので、なるべくいい方を選んでいかないと、自分が、本当に悪い方に運命づけられてるんだっていうことをどんどん証明しまうことになるとか、なんかすげえわけのわかんないことを言い始める。だから自分が悪い方にさだめられている人でも、それを露わにしないために、良いことをしないといけないんじゃないか? みたいな話をずっとしていて、あー、わけわかんねえ!って(笑)。

小泉 わけわかんないですね。そう考えると、『ヴァリス』は、なんかディックが変なこと書きだしたみたいなところもありつつも、そこそこアメリカ人に根付いている価値観でもあると。これは、アメリカでは売れていたんですかね?

山形 そんなに売れてない。商業的にはそんなに成功したわけではない。話題にはなりましたけど。

 『聖なる侵入』を読み直す

小泉 『聖なる侵入』についても触れておきたいと思います。『ヴァリス』を読んだ後に、『聖なる侵入』を読むと、すごく読みやすいんですよ。

山形 それはそうですね。

小泉 『ヴァリス』が養成ギブス的効果を果たして、『聖なる侵入』が読みやすい!しかもこれはけっこうSFSFしてて。

山形 そうですね。ごく普通の。

小泉 でも、山形さんは、はあまりおもしろくなかったと先ほどおっしゃっていましたね。

山形 あー、うー。あんまり筋が通っていないというか、せっかく全能の子供を置いておきながら全然全能じゃないじゃん、君っていう。

小泉 また、猫が出てきます。猫は死ねばいいとか書いています。猫が嫌いなのではなくて、愛ゆえに、たぶん、猫の悲しみが反映されているというか。「猫はネズミがいてほしいと思うが、それでも猫はネズミを軽蔑していた」とか。

山形 ディックは猫好きなはず。

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ディックと猫

小泉 あと、スマホみたいなのが出てきますね。

山形 タブレットみたいなのが。

小泉 「情報スレート」っていうのが出てくる。Siriみたいな。IBM製の情報スレートっていうのに、Siriみたいなのが入っていて。

山形 レノボになっているとはさすがのディックも予見できなかったですね(笑)。

小泉 ビッグヌードルっていうのも笑ってしまったんですけど。

山形 昔はみんな、コンピューターとお話できると思っていたから(笑)。

小泉 これ、今でいうWatsonみたいなやつですよね。すごいですよね、ビッグヌードルって。ビッグはわかるんですよ。ビッグブラザー的な、神にとって代わる大きな存在みたいな。ビッグはともかく、ヌードルってなんだと。ビッグヌードル、訳だとそのままカタカナ表記ですが、どういうニュアンスなんですか? 極太麺みたいな?

山形 えー、なんか、ごちゃっとした、ぐちゃっとした知性みたいなのがあるっていう、そういうイメージじゃないかと思うんですけどね。

小泉 今の時代に、まあ、こういうのって当たってなければ当たってないし、ちょっとでも似ていれば、未来を予言している!みたいになりますけど。ディックは数のせいもあるしけっこう当たる率が高いかなと。

山形 時代が一巡したから。しばらく前はそういう巨大なマザーコンピューターがあってー、みたいな、70年代はそういうSFが中心で、その後、いやー、今はパソコンの時代でそんなメインフレームの時代は終わったよねとか言ったけど、結局クラウドに戻って似たような話になってきたし、だから70年代80年代の雰囲気が、逆に一巡したので、なんとなく当たっているように見えるっていう話だと思うんですけど。

小泉 なるほど。当たっているように見える。

山形 別にクラウドを予見していたわけではない(笑)。

小泉 そんなこんなで、私は結構楽しく読んだのですが、山形さんとしては、筋が通らないということで、あまり評価されていないのですね。確かに、突っ込みどころはいくつかあるなと思いました。ディックの他の話にもそういうところありますけど、ハーブ・アッシャーがライビスを愛しているわけでもないのに、妻だっていうことにして地球に侵入するんだっていう話になったとたん、僕の妻が!とか半分本気で言い出すあたりがピンとこないし、でもだからと言ってそこで人間が描かれていないとかいうのも、唇寒しみたいなところが。でもまあ、ところどころ不自然なところはある。たとえば、このハーブ・アッシャーが入れ込んでいるリンダっていうのは実際はそんなにかわいくないっていうことなんですかね? それとも見る人によって違うっていう話なんですか?

山形 見る人によって違う、ということらしいですねえ。何なんだ。

小泉 ベリアルをなんでこんな簡単に開放したんだ、とか。

山形 なぜでしょうねえ。全能と思っていたけど全能ではなかったっていう話なのかなとも思うし、一方で、偉そうなこと言ったわりにはすぐ殺されちゃうし(笑)。

小泉 あとがきで指摘されてましたけど、生理中だからやらなかったぐらいで煩悩に打ち克ったエラいみたいな評価をされる部分も片腹痛いというか……。

山形 ねえ?

小泉 ねえ。なんか、そうですね。そういういろいろ突っ込みどころ満載ですけど、3部作のなかでは一番SFっぽい。

山形 はい。宇宙から来て、地球を救って、ハイ、おしまい。このころはとにかく、前渡し金もらっちゃったんで、早く書かなきゃって焦って、お話の破綻とかあまり考えずに書いていたはず。でもまあ、話が破綻するのはディックではふつうのことなので、まあ、なんとか納めたんじゃないですか。かなり下手な納め方だと思うけど。

小泉 これ、あまりおもしろくないと思っていたものを訳すことになって、どうでしたか?

山形 個人的な趣味からすると、取ってつけたような話だと思っているんで、そんなにおもしろくない。だからせめてあとがきくらいは楽しく読めるようにしようっていう、そういう趣旨で。

小泉 あとがきは最高ですね。

山形 最初に大滝訳で読んでいた時よりは、まあ、筋が通ったかなと、だから少しおもしろさが上がったかなとは思っています。ただ、ちょっと人によりますよね。

小泉 あとがきは、ベリアル君の一人称で。あれから読めば大丈夫ですね。っていうか、これ新訳といえども、本当にあとがきがないと脱落する人、多いと思うんですよ。

山形 ありがとうございます。大滝さんの『聖なる侵入』の解説もすごくわけがわからなくて、え、こんなに難しい思想が表現されているんですかこれはっていう。

小泉 ええと、ええと、この大滝さんっていうのは…、この新訳にあたって大滝さんと何らかのやり取りは発生したんですか。

山形 ない。以前、サンリオ文庫総解説の座談会をやったときに、実は席にいらしたっていう話なんですけど、だれだかわかんなかったです。あと、聞くといろいろ、サンリオSF文庫にラテンアメリカ文学系の作品を入れたりとか、いろんな別の翻訳家連れてきたりとか、そういうので、かなりレベル向上には尽力された方なので、あまり悪く言うのもどうかねえ、みたいな感じも若干あるらしいんですけど、しかし!

小泉 しかし!

山形 翻訳に関しては、ちょっと言わせていただきましょう。

小泉 旧訳は装幀もちょっとちぐはぐでした。新装版では装幀も中身に合ったものになっているじゃないですか。『ヴァリス』はフィルとホースラバーファットですよね。『聖なる侵入』もちゃんと双子で。これは装幀の方に説明されたりしたんですか?

山形 いや、してないです。たぶん、お読みになったんだと思います。ふつうに以前から、ハヤカワが判型変えて、表紙をこの系統に以前から直しているので、その同じ方がずっとやっていらして。

小泉 土井さん。お会いしたことはあるんですか?

山形 ないですね。

小泉 会ったりしないんですね。すごいですよね。読まれたのでしょうね。こんなに、ちゃんと中身通りの表紙に。

山形さんイチ押し、『ティモシー・アーチャーの転生』

小泉 では、そろそろ『ティモシー・アーチャーの転生』の話を。これが私、本当に好きで。女性の一人称が素敵で。あの頃の、ジョン・レノンが死んで、っていうあの時代の空気が……って私はあの時代のことを知らないし、何の思い入れもないのに、すごく懐かしいっていうか、身に覚えのないノスタルジーを感じてしまって。

山形 いいですよねえ。

小泉 これはあとがきに書いてあって、へえ、と思ったんですけど、ル・グィンに女性が描けていないって書かれたのを受けての女性の一人称であると。すごくいい一人称だと思いました。ル・グィン、ディックに謝れ!って思いました。

山形 うーん。はっはっはっは。まあ、ル・グィンはル・グィンなりに彼女の女性像があるので、彼女はフェミニズムの旗手なので。

小泉 そのあたりをすごく意識したのか、フェミニズム団体に所属している女性、キルスティンが出てきたりしますね。背景にル・グィンの発言があったことを思うと、ちょっとわざとらしい気もしますが、キルスティンも素敵です。一方、エンジェルは複雑というか謎めいていて。ジェフがキルスティンのこと好きだったとかそういうことをあんまり気にしていない、怒ってないあたりが、その辺、みんなそうなのかなとか、ティムのことが好きだったのかしらとか。

山形 フフフ……。そこはいろいろ邪推ができるところですよね。

小泉 ベイエリアのインテリ崩れ女性の一人称っていうのは、こういう感じだったんですね。こういう女性が類型のひとつだったんですか?

山形 どうでしょうね。いそうな感じではありますよね。リベラル人文系で、妙に勉強してしまって、いろいろ知ってるけどこれどうしよう? みたいな。

小泉 そういうインテリ崩れの女性がジェフという、何の取り柄もない男性と結婚をしているのも変にリアリティがあります。ジェフ死んでもノーダメージだし。

山形 お父さんへのコンプレックスでかわいそうに……って。

小泉 この、サドカイ派のキノコの話とかは、本当なんですか?

山形 そういう学説はある。で、その学説を述べた本とか翻訳も出ています。だから、まあ、そういう説はある。それがどのくらい一般的なのかは僕は知らないけど、あんまり、万人が認めるというものではないみたい。

小泉 この作品にも猫が出てきますね。

山形 よく出てきますよね。飼っていたんじゃないですかね。庭木はやたらに、鉢植えをいろいろ植えては枯らしていて、ディックの家に行くと、「これは僕の枯れたチューリップ」「これが僕の枯れた~~」って、枯れた草花をいろいろ説明してくれるっていう(笑)。で、みんな頭がおかしいと思っていたっていううわさはありますが。

小泉 いい話ですね。3冊訳してて、どれが一番楽しかったとかありますか?

山形 一番、訳すこと自体が楽しかったのはティモシー・アーチャーかなあ。

山形さんは、仕事が速い

小泉 今回、ハヤカワは全部出すんですか? なんか、創元からもちょこちょこ出ていませんか?『未来医師』とか、『ガニメデ支配』とか、『ヴァルカンの鉄鎚』とか。

山形 創元の権利を全部ハヤカワがもらったはずです。買ったのか、もらったのか。で、創元で出ていたのを、訳しなおしで売っていると。

小泉 山形さんには、他にもディック作品の新訳の話とかは来ているんですか?

山形 ええと、『さあ、去年を待とう』が出るのか。

小泉 ああ、『去年を待ちながら』ですね!

山形 早く手をつけなくちゃ……。それは出ることになっていて、そんなに翻訳悪くないんで、訳し直さなくてもいいんじゃないかと思っているんだけど、まあ、そういう趣旨なので。

小泉 誰かの旧訳があって、それを翻訳し直すときって、事前にあらためて参照したりするんですか?

山形 まったく見ない。訳し終わった後でこいつは何書いてたっけ?って読んでみて、違うじゃんこれって、そういう見方をしているけど、あまり参照はしないです。で、今度1月に『動物農場』、オーウェルの新訳が出るんですけど、その時も、まあ、やっぱり訳しているときは旧訳は見ませんよね。

小泉 オーウェルは『1984年』も数年前に新装新訳で出ましたよね。

山形 あれはトマス・ピンチョンの序文もついて出ましたよね。

小泉 山形さんは、普段は野村総研で働いてるんですよね。

山形 そうですね。

小泉 今は子育てもある。消防団のご活動などもある。

山形 ありますね。

小泉 いつ訳しているんですか?

山形 出張したときとか、今はイギリス大使館の仕事で名古屋に出張に行くんで新幹線の中とか。ヴァリス3部作をやっていたときは出張先が多かったですね。

小泉 海外出張が多かったんですよね。

山形 ずっと、ラオスのホテルにずっと1日することがなくていますとか。向こうの役人が頼んでいた資料を作ってくれていなかったからすることないんですけど、とかそういう環境で訳していることが多かったですね。

小泉 訳すのが早いんですか?

山形 早いですよ。

小泉 即答ですね。

山形 自慢ですけど、やたらに早いので、それは珍重されています。

小泉 この連載の1回目に登場していただいた小竹由美子さんは、翻訳家修業時代から山形さんのファンだったそうで、白水社からおもしろい本が出ると山形さんが訳しているとおっしゃっていました。白水社の編集者の藤波さんの話なども出てきて。

山形 藤波さんというのは、白水社で変な本を出そうというのを一生懸命やってらっしゃる方で、今ですと、分厚い伝記物を次々に出されているのはだいたい藤波さんですね。読まなきゃ。読んでないけど、上巻だけで1万円近くするヒトラーの伝記とか。で、上下巻なんですよ。18000円。だーれーがー買ーうーんーだー(笑)。

小泉 山形さんは、どういう経緯で翻訳を始められたんですか?

山形 大学のSF研で。大森望とか、柳下毅一郎とか、中村融とかみんなそうなんですけど、当時は海外翻訳のSFが全然出ない時代だったので、学生が自分たちで勝手に翻訳して、自分のファンジンに載せると。で、僕もそれで、ああ、あいつがこんなのやるならこっちも頑張んなきゃって、半分競争しながらやっていたっていうのが最初ですね。英米圏だけやっていると競争が多いのでドイツ語圏のSFとかやろうかとかいって探してチマチマ訳していたら、SF研系統の人から当時のSF系のトレヴィルっていう会社に話が行って、彼らがギーガーの画集の翻訳をしたいと。ドイツ語から翻訳だったので、ドイツ語の翻訳ができる人がみつからなくて苦労してて、そしたらドイツ語のSFを訳しているやつがいるから、と紹介されて、それで訳した。それが最初です。

小泉 翻訳家デビューがギーガーのドイツ語からの訳……。というか、山形さん、ドイツ語も訳せるんですか?

山形 ええと、かなりレベルは下がります。ものすごい時間をかけて。

小泉 ちなみに本のタイトルは?

山形 えーと、『ネクロノミコン2』。今はパン・エキゾチカというところから再刊されていますけど、1は他の人が訳して、それがいまいちだったので、2は別の人に頼もうということになって山形に回ってきた。

小泉 それが初めての翻訳っていうのは、在学中ですか?

山形 在学中、22くらいですかね。

小泉 でも就職もされるんですよね。

山形 そうですね。大学のあと大学院に行って、そこでギーガーの本をいくつかやって、次に、ティモシー・リアリーっていうアメリカのLSDの先生の本をやって、それまでギーガーの画集で学生としては数十万円とかもらうと、すげえ大金が入ってきた!これで生活できるぜ!ってなりますよね。で、こういう調子で来るなら、これで僕は大学院の学費も払って、ひょっとしたらこれで食っていけるかもと思って、そしたら、ギーガーの本の編集の人が凝りすぎて。彼ね、なんか装幀の線まで自分でロットリング引いてたって(笑)。で、僕が大学院に入る前に原稿をとっくに上げてたのに、卒業するまでそれが出なかった。で、親には大見得切ったのに、やっぱり学費出して~みたいな。で、こんなに不安定な生活では、たぶん飢え死するぞ、と。やっぱり就職したほうがいいよねと思いまして就職した。

小泉 最初から野村総研ですか?

山形 実は1回公務員試験を受けまして、当時の建設省に決まっていたんですけど、卒業設計が仕上がらなくて、留年して、それがダメになって。あとで聞いたら、お前白紙でもいいから出しておけば卒業させてやったよとか言われて、それを今言うかお前は今言うかって感じだったんだけど(笑)。それがおじゃんになって、それで野村総研に入った。

小泉 就職すると、忙しいだろうし、翻訳はちょっと……ってなりそうじゃないですか。そこからガンガン翻訳も執筆もしているっていうのがすごいと思うのですが、これはいったい、どういうことなんでしょうか。

山形 ちょうど西武系でバロウズが盛り上がり始めて、ペヨトル工房からいろいろ来ていて、まあ、他にできるやついねえよな、俺がやらずに誰がやるという感じではありました。

小泉 俺がやらずに誰がやる!かっこいい。

山形 ちょうどそのころ、『暗闇のスキャナー』の訳し直しの話とかも来ていたので、まあ、おもしろくなかったらやらなかったんだけど、非常におもしろかったのでどんどんやりましょうという感じで翻訳をやっていったんですね。当時、会社も申告すればよいということで適当に認めてくれたので、それが続いていると。

小泉 エッセイとか、ブログとかすごく書かれるじゃないですか、量を。

山形 あー、はいはい。

小泉 もう、量がすごいじゃないですか、量が。圧倒的な量で。ピケティとか。

山形 うーん。

小泉 しかも読んで、書くわけじゃないですか。いつ寝てるのかな、と。睡眠時間は短くても平気なタイプですか?

山形 いや、そんなことはない。ちゃんと寝ないと。

小泉 3時間くらい寝れば大丈夫系の人かと思っていました。

山形 6時間はきっちり寝る。

小泉 じゃあ、作業が異常に速いとか…?

山形 速いですね。文章とかも、書くことが決まればガーッと書くので。ずっとダラダラ頭抱えて書き続けているわけではない。

それぞれの新訳、あとがきから読む前提で大丈夫

小泉 3つ通して読んでみて、これが3部作って言われると、たしかに連続で読むのはといいなあと思ったんですけど、山形さんはどう思いますか。

山形 連続しなくてもよいんじゃないかと思います。どれか1つ読むなら『ティモシー・アーチャーの転生』じゃないかと思う。

小泉 1つでいいんですか。

山形 ただ、本当に人によっては、小難しい話がしたいならヴァリスだし、『聖なる侵入』はどこら辺に需要があるのか僕はわからないんですけど(笑)、あれはまあ、その中間ぐらいがほしければ読むのかなあ。

小泉 『ヴァリス』を読んだ直後に読むと、すっごく読みやすいので、けっこう薦めてもいいかなと思うんですか。

山形 じゃあ、そうかもしれませんね、はい。

小泉 iPhoneみたいなのも出てくるし、Siriみたいなのも、Watsonみたいなのも出てくるし。

山形 はいはい。

小泉 でもこれ、ふつうのSF、ふつうのSFって言ったらアレですけど、読んでた人が『ヴァリス』読んだらびっくりすると思うんですよね。

山形 うん、びっくりする。

小泉 『聖なる侵入』はその点、SFじゃないですか。『ティモシー・アーチャーの転生』はSFじゃないですね。

山形 そうそう。

小泉 まとめるつもりもないのですが、まとめますと、どれか1冊薦めるなら『ティモシー・アーチャーの転生』。

山形 はい。

小泉 『ヴァリス』は、やっぱり私の周囲にも挫折組がいるので、そのかたがた達が読み直すっていうのは意味があるかと。

山形 そう、もう少し気楽な話ですからっていうか。

小泉 あとがきから読むことっていうのが重要なポイントですよね。これ、いいんですよね? あとがきから読む前提で?

山形 いいんじゃないですか。こっちもね、本体読まないであとで解説だけ読んで、難しい神学が書いてある、とか思ってたし。

小泉 あとがきだけでもいいくらいですね。あとがきは、全部こういうスタイルなのでしたっけ。

山形 こういう、と言うと…?

小泉 なんか、こう、とってもフレンドリーな感じというか。

山形 書くものだいたいそういう感じで書くので、まあ、ふつうに書くとそうなる。まあ、それを余計なことを言い過ぎていると批判する人もいるし、嫌う人もいるけれども、まあ、嫌なら読むな!と。

小泉 そうですよね。

(終わり)

投稿者: 小泉真由子

技術系の出版社で編集者をしています。このブログは、インタビュー好きがこうじてはじめた個人的な趣味のようなものです。海外文学の周辺にいる方々、翻訳者のかただけでなく、いろいろな人にインタビューをしてゆきます。